
■エジプトはここ!

政体= 共和国、大統領制■間近で見る迫力!7000年の歴史が物語る王の力
〜Acient Style from Cairo〜
古代エジプト文明発祥の国エジプト。世界4大文明のひとつとしてその名を知られるエジプトの歴史は、なんと7000年をゆうに越える。その古代エジプトを代表する遺跡であり、世界的建築物として称えられるピラミッドには、毎日、絶えることなく多くの観光客が訪れる。
間近で感じるその迫力。14世紀にイギリスのリンカーン大聖堂が建てられるまで、実に4000年近くも世界一高い建物だったというその大きさに、言葉も出ないほど圧倒されてしまった。この巨大なサイコロたちは一体どのようにして積み上げられたのだろう?まったく、想像すらつかない。ただただ、この時代のファラオの偉大さに驚かされるばかりだ。
●スフィンクス
ネメスを付けたファラオの顔とライオンの体を持つ神聖な存在。王者の象徴である顎鬚を付け、王または神を守護するシンボルとされている。ギザの3大ピラミッドの前に位置するものは、全長57m、高さ20mで、エジプトで最大かつ最古。その顔はカフラー王の顔を似せて造られたとも言われるが、近年の研究でピラミッドより200年ほど古くから存在していたのでは?との指摘も。
●ピラミッドの変遷をたどる
(1)サッカーラの階段ピラミッド(初期)
エジプト最古のピラミッドと言われており、紀元前2600年前後のもの。これより前に造られていたマスタバと呼ばれる日干しレンガ製の四角形の墓を、何段も積み重ねて階段状にしたのが始まり。代表的なものはジェセル王の階段ピラミッド。墓の表面にはきれいに磨かれた真っ白な石灰岩が用いられ、高さ60mの巨大なものである。
(2)メイドゥームの屈折ピラミッド(中期)
エジプト最初の真正ピラミッド。最初は7段の階段ピラミッドとして建設されたが、その後ひとまわり大きい8段の階段ピラミッドになり、最後に瓦礫をつめ化粧板を載せた四角錐ピラミッドとして完成した。途中で表装石が崩れたため、3段の階段状となっている。崩れた時期は定かではないが、崩れたことがダハシュールのピラミッド建設に影響を与えたという説もある。
(3)-1ダハシュールの屈折ピラミッド
紀元前2500年前後のもの。高さ105mの真ん中の地点で角度が変わっているので、屈折ピラミッドと呼ばれている。下部の傾斜は52度だが、上部は43度と傾斜が緩やかになっている。この理由には諸説あり、メイドゥームのピラミッドが崩れたため、最初からこの設計だった、途中で王が病気になったため完成を急いだなどと言われている。
(3)-2ダハシュールの赤のピラミッド
断面が二等辺三角形の真正ピラミッドとしては最古のもの。赤みを帯びた石材を使用しているため、角度によっては赤く見える。このピラミッドは屈折ピラミッドを建設したスネフェル王のものとされ、1人で複数のピラミッドを建設したことから、ピラミッドが墓ではないという説も浮上した。
(4)ギザの3大ピラミッド
エジプト古王国時代、紀元前2500年頃に建造されたエジプトで最も有名なピラミッド群。ピラミッド建築の頂点とされ、最大規模かつ石積技術の最高水準を誇るクフ王のピラミッド、これに次ぐ大きさで、参道の入口にスフィンクスが鎮座するカフラー王のピラミッド、そしてその3つの中で最も新しく小規模なメンカウラー王のピラミッドの3つが、対角線上に正確に並んでいる。いずれも内部見学が可能。
●古代エジプトの秘宝の数々!考古学博物館
世界に誇る古代エジプトの秘宝が集まる博物館。2階建てでこぢんまりしているが、部屋数は100以上、12万点もの遺跡を収蔵している。高価な宝飾品や副葬品、彫刻やひつぎなど、どれもが古代のものとは思えないほど美しい。その輝きはまるで奇跡を目の当たりにしているかのよう。博物館にはミイラも展示されている。ハイライトはもちろんツタンカーメンの黄金のマスク。呪いのマスクなどと言われたこの若きファラオのマスクは、この世のものとは思えないほど美しく、ため息がでるばかり。
●古代エジプトの栄枯盛衰をたどる
古代エジプトの遺跡を辿る旅をもっと充実させるために、古代エジプトの歴史を知ろう。美しいレリーフや神像を目にしたとき、その感動は何倍にもなってあなたの心を満たしてくれるはず。
・古王国時代
エジプトが統一され、歴史が始まったのは紀元前3000年頃のメネス王による。この時代を初期王国といい、その後、紀元前2650年頃にメンフィスを首都として古王国時代が始まる。この時代、有名なクフ、カフラー、メンカウラーなどの王により多くのピラミッドが建設された。最盛期には、王は神の化身として崇められ、宗教や政治、経済など、すべての権力が王に集約されていた。まさに王が神であり、全権を掌握していた時代である。
・中王国時代
紀元前2200年頃から混乱し始めた国土を、前2040年頃にテーベの豪族が再統一、メンチュヘテプ2世の時代から中王国時代が始まる。この時代、特徴のあるものはあまりなく、ほとんどが古王国時代を模倣したものであった。720年頃、ヒクソスと呼ばれる外国人が侵入し、国土の一部を支配。これにより再びエジプトは混乱期に入る。
・新王国時代
紀元前1550年頃、ヒクソスをエジプトから追放し、テーベを都とした新王国時代が始まる。この時代、エジプトのみならずシリア、ヌビア地方へ大幅に領土を拡大し、エジプトはオリエント世界最大の国家のひとつとなった。歴代王たちの征服活動は目覚ましく、広大な征服地と共に膨大な戦利品が国内へ流れ込み、エジプトは空前の繁栄時代を迎える。かの有名なツタンカーメンが活躍したのもこの時代である。特に第19王朝のラムセス2世は、古代エジプト最大の王と言われ、カルナック神殿やアブ・シンベル神殿などの巨大神殿が多数建造された。60年にも及ぶ彼の治世はエジプトが最も繁栄した時代と言われている。紀元前332年、アレクサンダー大王によるエジプト征服を経て、ファラオの時代は終わりを告げる。
※写真はイメージ